書籍・雑誌

Jul 18, 2008

『ルドルフ』フレデリック・モートン

世の中(?)はすでに『ミス・サイゴン』のプレビューも終わって、初日だというのに、今更『ルドルフ』の”原作”のおさらい(汗)。

もういっそ、タイトルを「ミスサイゴン初日記念「ルドルフ」の読了感想」とでもするかbomb

一応読了したのは、『ルドルフ』の千秋楽直前ぐらいでした。

って事は、実は読了から1ヶ月以上たってしまったのでそれほど記憶鮮明じゃありませんcoldsweats01

だったら、わざわざ書かなくても、な感もなきしもあらず、ですが、記録ですので。

まずは、この原作を途中までだろうと手に取り、読んだ人は皆、感じたと思うのですが

「どの辺りが"ミュージカル『ルドルフ』"の原作なんでしょうか」

です。

確かに、主人公は同じ人物です、皇太子ルドルフです。そして、意味ありげにファイファーも登場してます。

そして、史実ですから物語の根っこも一緒です。

ですが、それしか共通点は無いかも……

この著作が原作だというのなら、ルドルフの人生が述べられていた本であれば、何でも原作にすることができるんじゃないかってぐらい。

ミュージカルの脚本家OR企画者はこの本を読んで作品を考えた、というよりは、先にルドルフを主人公にミュージカルを作ろう!ってアイディアありきで、でも有名な「うたかたの恋」ではもう映画から何から、いろいろ作られているから、別な本を探そう、あ、これで良いや!的な原作じゃなかろうかと。

ということなので、何が一番苦しいって、そりゃ邦題です。

原題は"A Nerbous Splendor"

邦題は『ルドルフ ザ・ラスト・キス』

明らかに趣旨から外れた邦題で、原作とうたったミュージカルのためにつけたタイトルです。

ミュージカル作品が定番物になれば良いけど、この先、この本が貴重な歴史資料として残っていくためには、いずれ改題されるんだろうなぁ……

本の中では、舞台以上にウィーンの町に蔓延していた閉塞感が述べられています。様々な当時のウィーンにいた著名人、すでに著名だった人物、後年に著名になる人物取り混ぜて、おそらく、それらの人々の日記や書簡から集められただろう日常が丁寧に描写されています。

また、名のある人物だけでなく、ファイファーを代表とする市井の人々の生活の描写もあります。

それらが、問題の10ヶ月間の時系列の中で述べられ、そしてその時のルドルフの行動などもまた並行して書かれていきます。

興味深い話ではあるものの、そういう構造なので、登場人物が多すぎて時々、はて、誰だっけ、となりそうなのが厳しいです。

また、小説、物語と言ったものというよりは、記録ものなので普通の小説のつもりで読み進めようとすると、これまた難しかったです。つまらない、とかではないのですが、慣れてない。

そんなわけで、普段は寝食仕事もほったらかしてさっさと読む私ですが、遅々としてなかなか読了せずにいたのも事実。

読み終わってみると、発見もいくつか。

たとえば、ファイファーのラスト、とかは、あれ、違うじゃないと。

あと、自殺したはずのルドルフがなぜちゃんとお葬式も挙げてもらえるんだろう?離婚はできなかったのに、ってのがずっと別な作品を通しても疑問でしたが、その疑問は解けました。

脳に何らかの障害や病気があって、そのために自殺を実行してしまった場合は、免罪(?)なんですね。

なので、死後に脳の異常が発見されたという検死記録を作れば(本当に異常があったかどうかはねぇ、そりゃハプスブルクだもの捏造とかも可能でしょ)、ちゃんと葬式は出してもらえるということだったのです。な~るほどね、でした。

もちろん、生前の日々の様子からも精神状態が健康的ではなかったのは明らかだけど、ルドルフはおかしかったってのは、この辺りのことも記録として残っているから言われるのかな?ともちょっと疑問に感じてみたりもして。モルヒネとアルコールを同時にやってたらしいから、脳も精神も壊れるのは当然かもしれないけど。

そして、一番の発見、というか、ああ、そうだね、と思ったのは最後の章に書かれていたこと。

ついに事件は起こり、ルドルフは死んでしまった、オーストリアは近代化への貴重な人材を失い、ヨーロッパは戦争を避けるチャンスを逃したのかもしれない。ってのは、よく言われること。

ルドルフの考え方が広まっていれば、第1次世界大戦は防げたかも知れないというのはよく言われています。

ですが、「もしも、ルドルフが生きていたなら」には別な側面も実際はあるということ。

たとえば、「もしも、ルドルフが生きて皇帝の座についていたら」というのは、いったいいつのことになったのだろうか?結局フランツ・ヨーゼフは長命でその後27年生きているのだ。31年で閉じられた人生に匹敵する長さ、まだ待たなければならなかったのだ。そんな時間を本当に待てるだろうか?

そういう意味では、この時じゃなかったとしても、マリーと一緒じゃなかったとして、結局はこの道を辿るか、あとは父親を自分の国を裏切るような行為をするしかなかったのではないのか。死だけが、彼が選べる道だったのかもしれないと。

そして、歴史の中のもしもで、本当にヨーロッパは戦争から無縁でいられたのだろうか?短期的にはYesだろうけれど、長期的には保証の限りではないだろう。自由主義や技術の進歩は夢だけを運んでくるわけではなく、新たなしわ寄せも現実の20世紀~に見られているが、そういうことにルドルフは対処できたのだろうか。

なかなか読み進むのには時間と手間が掛かりましたが、読了後には今までとまた違った視点を得ることができて面白かったです。ミュージカルの中身とはあまり関係なかったけど(汗)。

まぁ、でもこういうきっかけがなければ手にしてないかも、という意味では、良い機会を得たということでしょう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 29, 2008

『仏果を得ず』三浦しをん

あっという間に4月も終わりになるじゃありませんか!

でもね、今月って始まりと終わりの気温差が大きいのと、景色もものすごく変わったのと(桜の固いつぼみから、すっかり新緑の木々!)、個人的にもあれこれ色々と有ったために、実は結構長い気もするんです(汗)。

そんな4月なのに、どうもエントリーは元気のないネタが多いなぁ(汗)。

で、ここまで書いてなかった、充実感をたっぷり味わったあの日に読んでいた本のことを書くことに。

4月に入って、やっと図書館から予約していた『仏果を得ず』の順番が回ってきました。

でも、4月に入ってからはまとまった読書時間をとるのが難しくて、最初は細切れの時間を利用して読み勧めていたのですが、後半は例の上京の帰路の車中で一気に読みました。

期待を裏切らない、いえいえ、期待以上の作品でした。あまりに気に入ってしまったので、図書館に返却した足で書店で購入。今は母に貸し出し中です。

どんな物語かと言えば、作者三浦しをん氏が愛してやまない文楽の中の人(汗)たちのお話。もちろん、要所要所で演目の話が上手く取り込まれていますが、若手義太夫、健の成長の物語です。

成長物語、っていっても健は十分に大人。でも、大人でもまだまだいろんな成長の余地があるって言うのがうれしい。どうしても、成長物語っていうと少年少女の物語で、あまずっぱ過ぎるものがあったりするけど、これは大人にとっての素敵な成長物語でした。

もちろん、文楽という伝統芸能の世界で芸を極めようとしている健はある意味、大人であっても"若輩"って意味では少年といっしょなんだけど。

正直に言うと、出だしは三浦氏の文楽への愛のせいなのか、こちらの先入観もあるのか、出来の素晴らしくよい同人誌の小説、って感じだったのですが、話が進んでいくうちに、ものすごくグイグイ引き込まれて、登場人物たちの抱える雑多なものの描きの細やかさに、後半はものすごく良いものを読んでいるという充実感が味わえました。

それにしても、健はすごいな。

自分が出会ってしまったものに情熱なんて言葉や気持ちの問題じゃなくて、本当に人生の全てをかけられるって。物欲もなく、住む場所への固執もなく、日々全てが義太夫、文楽……半端じゃない。

だからこそ、そこに普通の人なら人生のかなりの割合に大切になるはずの存在が割り込むと……そりゃ、大変だわね。

でもって、最初はいつものフジョシな香りのする健の周囲の人間関係がバランスが良くって、そのままでいいのに、って思っていたら女性たちの存在が……邪魔?って一瞬思った私は大いに間違ってました。

きっと、これまで読んだ作品よりもずっとずっと、この話がズシンって来たのは、その女性たちの存在が物語の層を多くして、厚みを持たせたからなんじゃないかと、読後には思いました。

相変わらず、あらすじの伝わらない読書記録だけど、文楽のことを知らなかったとしても、十分楽しめる話なのでこの本はおススメ!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 04, 2008

まだ100ページも到達しませんが

先日購入した『ルドルフ ザ・ラスト・キス』、ものすご~~~くゆっくり読んでいます。

あんまり読書の時間が取れないので、ジムでバイクを漕ぎながら切れ切れに読んで、まだ100Pも行かないのですが、なんと言うかこの本は『銀河英雄伝説』と『天上の愛 地上の恋』の2作品のおかげでなんだか違った(?)楽しみ方もできそうです。

『銀河英雄伝説』の銀河帝国の創始者の名前はハプスブルグと同じだし、その辺は思いっきり下敷きにしている事柄があるからだし、『天上の愛 地上の恋』の場合は主人公が同一人物だし、関わり合いが深いのは当たり前なのですが、脳内でルドルフを芳雄くんではなく加藤知子氏の書いたルドルフにして、改革を望む野心を某金髪さんにすると、かなり面白く読めそうです(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 20, 2008

春の読書記録

友人が読書記録、といってもメモ程度らしいけどをつけていると聞いて、秋から読了した本のタイトルをエクセルに記録しています。とはいえ、アバウトな性格なので、さら~っと読んであっという間に忘却の彼方になった本とかは記録漏れしている可能性はあります。(それと、絵本も記録外。)

もちろん、このブログをはじめてからはブログにも読書の記録もつけているのですが、これは読了したものの一部分に過ぎなかったので。

さて、で、実のところ年末年始に読んだ『ライラの冒険』の感想もまだ書いてはいないのですが、先にこの2ヶ月で読んだ本の感想などを纏めてしまいましょう。

book『あやつられ文楽鑑賞』三浦しをん

手に取るきっかけは、土曜日のお楽しみ番組『王様のブランチ』で著者の三浦氏が出てきて、文楽についての話をしているのを見たから。

その時のはまり具合の様子や語り口などが「あ、この人の感覚って好き!」って思ったので、文楽はまだ見たことが無いにもかかわらず、文楽鑑賞記を読むことに。

予想通り、かなり面白かったです。作品の話もしつつ、楽屋訪問風景も語られるのですが、その楽屋訪問風景が、ミーハーな心を隠さないファンの姿で語られているところが◎。

『文楽』なんて聞くと伝統芸能→お堅いって行きそうなところを、今風の娘さんのミーハーなノリでそのまま突撃(でも、本人としては緊張もドキドキも相当していると書いているけど)したことで、伝統芸能って肩肘張って見るものじゃなくて、楽しむもの!エンタメなんだから楽しまなくっちゃ!って気持ちが読み手であるこちらにも伝染してきました。

でも、もちろんまじめに作品や時代背景、文化へと探求している部分もあり、そういうところも読みやすく書かれているのでとってもためになりました。

たとえば、歌舞伎の演目の中にも文楽から来てるものが結構あることとか。たとえば有名な『仮名手本忠臣蔵』など。たまたま、忠臣蔵もですが他にも歌舞伎で見た演目が紹介されていたのはわかりやすくてよかったです。

でもって、ある部分で嗜好に共通点があったのも読みやすかったかも。心中物は心情の理解ができないことや時蔵さんLOVEなところ。

もっとも、私自身は時蔵さんLOVEだったのは自分も忘れていたぐらい過去のことですが。昔、一時期歌舞伎見物にはまったってほどでは無いけど、ちょっと続けてみていたころお気に入りの役者さんは時蔵さんでした。なつかし~~~。

ってことで『文楽』にも興味津々。近々鑑賞する予定。鑑賞後にもう一度読むと面白さが増すのではないかと。

book『格闘する者に○』三浦しをん

ある作者さんの本を1冊手にとって気に入った場合は、しばらくは同じ作者さんの作品を読み漁るのが私の読書傾向。(例外もあるけど。『銀河英雄伝説』の田中芳樹は例外に属します。何故か他の作品を読もうという気になれない。)

もちろん、本当は文楽鑑賞記に続けて『仏果を得ず』を読みたかったのですが、図書館では貸し出し中がつづいているもので。(買うって選択は今のところ無いらしい(笑)。)

とりあえず図書館の棚に残っていたものを手に取ってきた、というのが正直なところなのですが、これが偶然にも三浦氏のデビュー作。

何の事前情報もなしに読み始めたわけですが、色々と面白い。

就職というか卒業を控えた一人の女子大生が主人公なのだけど、出だしは謎の、でも実はその内容は妖しいファンタジーが挿入されている。でもって、これがどうつながってくるかというところが……

どうやら、この主人公はその趣味やおそらく就職活動の様子にかなり作者本人が投影されていたようです。冒頭のファンタジーもそのあたりにつながるようです。

タイトルと就職活動最中の女子大生ときたら、世の中の不条理に向かって戦う女子大生?って思わせるけど、タイトルの落ちはまったく別な次元にあって「やられた!」感がっちり(笑)。

さらって読めちゃうボリュームですが、ゆっくり読めばまた別な味わいもあるのかも。

book『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん

ということで続きます三浦しをん祭り(笑)。

これまた後で知りましたが直木賞受賞作品だったそうで。

東京の郊外で便利屋を営む訳ありの男を主人公にした話。その男のところにさらに訳ありで何を考えているのかわからない男が一人転がり込んできて……

いくら便利屋だからといってそんなことに巻き込まれなくたって(笑)……な展開が。

かなりピンチな状態でもなんだか緊張感とは程遠い空気が独特な世界観を出しています。

訳ありなところは今風といえなくも無いけど、街の様子は現実よりは退廃的な空気が広がってるのでネガティブな近未来の姿なのか、それともこれはあくまでも仮想の世界にあるのかは微妙な感覚。

ただ、この舞台の町ってたぶん町田市。学生時代に住んでいたところなので、読みながら「ああ、あの辺りの感じかな」ってのが面白かったです。でも、あんなにおどろおどろした街ではなかったと思うけどね。

男二人の共同生活ってシチュエーションがなんとも、かんとも。やっぱり作者フジショだよね(笑)。

でも、こういう"友情"とは別な名前の付けられない関係って結構ハマル。私もフジショか!?<何を今更(爆)。

そうそう、その辺りの作者の感覚について語られている対談がネット上にあるのですが、これまた納得。ウンウン、でしたね。

book『むかしのはなし』三浦しをん

これまた、図書館の棚にあったものを借りてきたので事前の情報なし。

二つのテーマと意図を持った短編集でした。

一つのテーマは「数ヵ月後に地球がなくなるとしたら」。そしてもう一つは挿話と昔話の対比?かな。

各短編の扉に一篇の昔話の解説が取り上げられています。でも、その部分は読んでも読まなくてもOKな気が……

一つ目のテーマは前半の短編では出てこない。登場人物の少ない、主人公の自分語りのような短編が重ねられていくうちに、あるとき突然「隕石が地球に衝突する」ということが明らかになる。でも、その大きな衝撃を聞いても、それでも日常はそのまま流れていくぬるい空気はこの作者の世界かも。

この一つ目のテーマがハッキリしてきた後、急に短編たちはつながりを持ち始める。それまではばらばらに感じていた話がどこかで互いに関与しあっているのがわかってくるという、なかなか凝った仕掛けをした短編集でした。

book『時の娘』ジョセフィン・テイ

ここでちょっと三浦しをん祭りはお休み。

だいぶ前に書評か何かを見て、興味を持って購入していたものの、なかなか読むチャンスのなかった1冊。

久しぶりに手にしたハヤカワミステリ文庫作品。

タイトルは"Truth is the daughter of time."(真実は時の娘)という英語のフレーズから来ているそうで、隠蔽工作をしようと、いずれ時が真実を明らかにする、という意味合いがあるそうです。

で、この本では何を明らかにしたかといえば、イギリスの歴史の教科書に記載されていたリチャード3世による幼い王子二人の殺害事件の真実です。

この本は実のところ推理小説です。スコットランドヤード(イギリスの警察なのに何故にスコットランドなんだろう??)の有能な警部が事件のさなか重傷を負い、身動きが取れぬまま入院生活を送っている。で、暇をもてあましているところに偶然、リチャード3世の肖像画が持ち込まれ、その顔を見た彼の職業意識から一つの疑問が湧き上がってくる。「これが、あの悪名高き残忍な王なのだろうか?」

警部はベッドの中から周りの人にあれこれ資料集めを命じ、これを歴史というよりは一つの事件と見るアプローチのしかたで真実を暴こうとする。

というのがあらすじ。

話の運びは面白かったです。いろんな資料を集めるくだりや、史実と信じられていることが実際のところどんな風に形をゆがめられているのかとか。

ただ、話しの中心になるイギリスの王室の歴史に詳しくないとしばしば迷子になります。

えっと、この王様は誰と血がつながっているのか?とか、誰と誰が対立しているのかとか……

本当に身に染み込んで知ってないと読みにくいです。それと1951年に書かれた本らしいのですが、では舞台はいつの時代なのかという点も。はっきりと書かれていないところを見ると、おそらく書かれたのと同時代を舞台にしているのでしょう。つまるところ第2次世界大戦直後ぐらい。

どうも本当の登場人物のいる時代が不明確だと物語の全体像が描きにくいです。

でも、なにぶん主人公はずっと病院のベッドの中なので、世の中の描写が無い(流行の本やらお芝居の話題が出てくるので、イギリス人ならその辺りもわかるのかも知れませんが)。

面白いテーマなのに読みにくかったため、出だしは数ページづつしか進めませんでした。

でも、何をしようとしているのかが判り始めた後半はどうなるかな?と楽しくすいすいと読み進められました。(時々、巻頭の歴史の説明ページを見直しながらですが。)

う~~ん、傑作だろうけどイギリス史に疎い外国人にはつらいです。ってのが感想。

book読書記録番外編

先週末から今週前半にかけての花粉症の悪化期間中、外出も仕事もする気が起きなかったので、蔵書の中から成田美名子作品読破を実行(笑)<こんな暇あったら4月からの準備をしておけ>自分。

現在も連載中の『花よりも花の如く』は伝統芸能つながり読書かも。こっちは能舞台。

そのほかも80年代のアメリカを舞台にしたマンガはいろんな意味でわが青春!でした。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

Nov 29, 2007

『容疑者Xの献身』東野圭吾

図書館で貸し出し予約をお願いしておいたら、割とすぐに借りられました。

で、読みました。

前評判ですご~いミステリーなのかな、あっと驚く仕掛けなのかな?とか

あのガリレオ先生がどんな奇抜な発想と実験を見せてくれるのかな?って思ってたのですが、ちょっと予想とは違っていました。

面白いことは面白かったし、確かにアリバイ工作はちょっと意表をつかれて「しまった、まんまと錯覚させられたよ」とも思ったけど、全体的には予想や現在放送中のドラマの「ガリレオ」よりは地味というか、しっとりした物語でした。

でもって、まさしく「献身」。

そうそう、衝撃的って意味では被害者以外には本当の悪人ってのがいないってのも興味深かったです。

それから、ガリレオこと湯川先生はドラマ版で内海刑事に言われるほど変人でも、また、人間の感情をくだらないと切り捨てる人でもありませんでした。

だって、この話の中での謎解きはロジカルな思考は重要だけど、そのロジックを成立させる重要なキーは人の抱く感情だし、また、湯川先生自身が事件に疑問を指し抱くことになるキーもまたある人物への湯川先生自身の抱いていた人間的感情と、その思いがあったからこそ気がつけた容疑者Xの気持ちにあるんだもの。

そうそう、容疑者Xの姿には先日NHKスペシャルで見た失踪した数学者の話を思い出させる部分もありました。

数学者ってホント、孤高だよなぁ。

他にもドラマとは違った印象だったのは本当の(?)ガリレオ先生の相棒、草薙刑事。TVではちょっとしか出てこないし、軟派なイメージだったけど、この本の中ではいい味出してます。ちゃんとガリレオ先生との間に友誼を結べそうな感じです。(TVの草薙刑事との関係はほとんど出てこないので、いまひとつぴんとこない。)

福山ガリレオの変人ぶりはそれはそれで、彼の風貌とマッチしていて楽しいけど、本の中のガリレオの方が人間くさいのかな。今度は短編集の方も読んでみようかと検討中。

そうそう、福山ガリレオといえば、今週の放送のラストの方でにわかにテッチャン化したシーンは面白かったです(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

Nov 12, 2007

『赤い指』東野圭吾

図書館でパートナーを待ちながら2,3時間時間をつぶす必要があって、本当はお仕事をしようと思っていたのですが、なんと資料は持って出たものの筆記用具を忘れていたと言うお間抜け……

で、仕方が無いので本を読んで過ごすことに。

現在TVで『ガリレオ』を見ているので、同じ東野圭吾氏の著作でも『容疑者Xの献身』を読みたかったのですが、さすがに話題の作品と言うことで全て貸し出し中。しかたがない、という表現は不適切ですがその代わりに選んだのが『赤い指』。

東野圭吾氏はその作品が次々映像化されている現在売れっ子の小説家の一人ですが、実は映像作品は今回の『ガリレオ』が初めて見た物だし、小説は『秘密』しか読んでいないです。

唯一の既読の作品『秘密』の印象は、とても読みやすいし、ミステリーの中にどこか心が温かくなる帰着点を用意していてくれている宮部みゆき氏の作品に近い路線と感じていました。

ただ『赤い指』はタイトルがちょっとセンセーショナルなイメージを抱きます。本の装丁も読者にそう意識させる意図があるような。

ところが、実際にページを開いて読み始めると、出だしはとても穏やかな空気で、ただ、余命わずかな初老の元警官とその甥の刑事の静かだけど何か事情のある関係から始まっていました。この甥の刑事が主人公な様なんですが……一応、この松宮修平の視点で物語りは進んでいきます。

さて、そんな二人の男性の関係とは別に、あるどこにでも居そうな嫁と自分の実家の軋轢に悩んでいると言いながら、実は問題は放置して逃げている男が出てきます。

ただでさえストレスフルな彼の生活、いや、家庭に決定的な事件が……

この事件に前出の松宮刑事が関わっていき、謎解きというか犯人を追及していくわけですが、実は読者は最初に犯人が判っているというパターンです。そして、読み進んでいくと、あれ?この話の真の主人公って松宮じゃないの?もちろん、犯人でもないし、例のストレスに晒された中年男性でもない、よねぇ?

どうやら、真の主人公は松宮の従兄弟にあたり、最初に出てきた初老の病人の息子である加賀恭一郎なる人物のようで……

東野作品2冊目の私は知らなかったのですが、どうやらこの加賀刑事なる人物は東野作品の常連のようですね。

この加賀刑事、松宮の視点からするとつかみどころのない人物であるため、この本で初めて彼に出会った読者である私にもつかみどころがなく最初は見えます。ただ、読者の方が松宮とは違って含むものがないので、すぐに彼の優秀さには気がつきます。

で、まぁ結末は明らかに出来ませんが、もちろんそこに物語を大きく動かすのは松宮ではなく加賀刑事。

そして、ラストに加賀のつかみどころのない行動の原因が明かされるのですが……この部分は、これまでシリーズとして加賀を見てきている読者には満足と納得が行くものなんでしょうね、たぶん。

初めて加賀にこの作品でであって、特に思いいれも持っていない読者としては、気がつけば主人公だったような気がする松宮の座を奪い去っているように登場した加賀の秘密が事件解決後に明かされるのはどうも余談に感じちゃうんですけど……

まぁ、今後は加賀と松宮のコンビが活躍するのであれば必要な挿話なんだと思うけど。まずはとりあえず他の加賀登場作品を読んでみようかな、そのうちに(汗)。

タイトルの思わせぶりの「赤い指」は、思っていたのとは別な形で、それでもある意味センセーショナルにキーとなって出てきていました。

「少年法なんて必要ないと昨日まで思っていた」「前科のある人物を受け入れられるかなんて考えたこともなかった」って言葉が怖かったです。そう、確かに自分が関係者になるまではそうだよね。う~~~ん、怖いな。

でもって、これからもそういうことは小説とかフィクションの世界でだけ考えていられる人生でありたいです。

読了所要時間約2時間

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 14, 2007

『楽園』@宮部みゆき

またやってしまった、一気読み……

まぁ、その可能性があったのでTOEICが終わってから、とか、あれが片付いたら、とかこれが先とか、本人なりに努力は遠ざける努力(本を買わない)をしたのですが、結局、購入したら上下巻読了まで三日。下巻だけで言うなら、たぶん3時間ぐらいで……

う~~ん、宮部みゆきには毎度毎度やられるのですが、ストーリーが"抜群"に面白かったとか、”大"傑作だ、って時じゃなくても(失礼な言い方だけど、好みの問題があるから)、unputdownableなのだ。

今回の作品は、小道具というのか舞台装置というか、再生のテーマのきっかけになったことが本文中でもしばしばそのように扱われているけれど、人によっては拒絶反応を示す「超常現象」(作品中は異能って言葉を使っていたかな)。もっとも、宮部作品は必ずしもリアリティの世界じゃないから有りと言えば有り。

でも、なんとなく彼女の作品の中でそういうリアリティから離れた作品と、比較的寄り添った作品と線引きがあったように思うんだけど、今回はあいまいな感じがする。

この作品が『模倣犯』のスピンオフ、もしくは続編と言う形であり、その『模倣犯』は異能は異能でも「超常現象」と言うよりは、人の持つ人として信じられない、信じたくない闇をリアリティのある世界で追求した居たように記憶しているので、余計にその二つの間の違和感が残って、いつもなら「ああ、宮部みゆきらしい優しい気持ちに溢れたエンディングだなぁ」となるところが「甘い終わり方」と感じてしまうのも残念。

とは言え、unputdownableなのだから大した作品なのは確か。

この先、どう展開するのだろうと思わせ続ける力はものすごいと思う。

私なりに感じたテーマは「再生」かな。

それともうひとつ感じたのは「自分はどれだけ正しいと思って、物事を判じているのか」見ないな事。

つい、批判的な目で第三者としてTVなどで報道される物事を見て、批判するけど「じゃぁ、どうすればよかったんですか?」って問いがもしもその画面の向うから返ってきたとしたら、答えられる言葉なんて何も無い。なのに、つい、そんなことは忘れてTVのこちらにいるのだと言う現実。

私にしばらく何もしないで居て欲しい時は(?)宮部みゆきの本をたくさん持ってきてください。きっと、ご飯も作らず、おしゃべりもせずに読み続けていることでしょう(笑)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 14, 2007

『ももたろう』のキビ団子

桃太郎のお腰につけたキビ団子って、どんなものを想像しますか?

読み聞かせサークルの勉強会の準備でいろんな『ももたろう』の絵本を読んでいるところ。

ホント、とっても色々ある。地元の図書館の蔵書だけでも二桁を楽に越えている。そんなに一度には読めないので2冊ずつぐらい借りてきて読んでいる途中。昔話の絵本は大抵複数の人に再話されて、複数の種類が出版されているけど、多い方なんだろうな。

さて、その『ももたろう』実は色々とバリエーションがある。もちろん、再話した人が色々思うところあってバリエーションをつける場合もあるけど、元来、それぞれの地域や家庭で口伝されたものだから、地域差がある。

タイトルからして『ももの子たろう』ってのもあるし。

よく知られている大きく分けられるパターンが「三年寝たろう」型と「勤勉」型。

「三年寝たろう」型は、ももたろうは食べたら食べた分だけ育つんだけど、育った後に三年寝たろうのように、ゴロゴロと何もせずにいて、何らかのきっかけ(ここもバリエーションあり)で鬼が島に鬼退治に向かうことになるもの。「勤勉」型は言うまでも無く、育った後はせっせと、じいさま、ばあさまの手助けをしているもの。

この違いは、よく話題になるし、あとがきでも説明されているんだけど、もうひとつ別にほぼ2通りに分けられることがあるのだ!私は今回始めて気がついたけど、普通に知られているのかな?

で、最初の質問に戻って、桃太郎のお腰につけたキビ団子はどんなの?

大きさは?数は?

私は子供の頃に読んだり聞いた話から、腰につけた巾着にピンポン玉大のお団子が幾つも入っていて「ひとつください」「あげましょう」だと思っていました。

たくさんあるから、きっと途中で食事の代わりに何度か食べたのかもしれない、と考えていました。

ところが、何冊か読んでいくうちにおや!?これがキビ団子!!なパターンが。

なんと、バレーボールぐらいありそうな大きな団子を3つお婆さんがこしらえてくれて、それに直接紐を通して腰につけてるパターンがあるではなですか。それもいくつか。

びっくりです。

しかし、3つです。ってことは、もしも、犬、サル、キジらに1個ずつ上げてしまったら、ももたろうの取り分はありません。

ですから「ひとつください」「ひとつはならぬ、半分やろう」となるんですが、すると残りは1個半。

残りを途中で食べたのかな?ってのもありますが、中には、残った団子は鬼が島へ行き、囚われていた子供や娘達に食べさせている用意の良いももたろうもいます。

しかし、今日読んだパターンは、思わず「むむっ!?」って思ってしまいました。

「ひとつください」「ひとつはやれん、半分やろう」と言いながら、犬、サル、キジにあうたびに”半分ずつたべました"となっているではないですか。

えっと、ってことは桃太郎は1個半食べたんだよね(笑)。ま、一番、体が大きそうだし、大将だし、そもそも桃太郎のものだから良いんだけど、そのことに気がついた時には、なんだか笑ってしまいました。

と言うことで、どんなきび団子をイメージするのか、以外に周囲に尋ねたら自分の想像と違う答えが返ってくるのかも。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 13, 2007

『ラストイニング』 あさのあつこ

児童書扱いだったにも関わらず、YAから大人にまで読者が広がり、ついには映画化までされた『バッテリー』のサイドストーリーというか、後日談。

本編中の主人公達はまだ中学生だったけれど、ある種スピンオフといえる『ラストイニング』で語り部になっているのは、本編の主人公達より上の学年で高校生なためか、こっちは一般書扱い。

内容としては、賛否両論だった余韻を残して終わった『バッテリー』6巻のネタバレをして、なおかつ、そこで生じた波はどんな広がりを見せつつあるのかの話。

語り部である主人公おミズこと瑞垣が、とてもじゃないけど中高生の性格じゃないんで(それを言ったら本編の主人公巧もそうとうなキャラクターではあるが)、確かに話は児童書の枠からははみ出してるかな。ただ、語り部としての瑞垣はちょっと拙い。はすに構えて本心を明かさずにいる性格のまま、語り部をしてるものだから、物語もうねうねくねくねと読み手の気持ちをはぐらかすようにすり抜けていこうとする。まぁ、そこがこの作品の肝なのだろうけど。

それにしても、このシリーズ、児童書としての読者以上にある種の若い乙女達をひきつけたのだが『ラストイニング』の内容は、それをあえて意識したのか、逆手にとったのか、その手のお嬢さん方が引っかかりそうなやり取りに事欠かない(汗)。こりゃ、そんな意図は無いって言い逃れるのは無理でしょ。あ、だから一般書扱いなのか(笑)。

軽く読めるので1時間ぐらいで読破。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 24, 2007

『ドリームバスター4』宮部みゆき

さて、本題に入る前に本日の出来事。

ああ、明日には『ハミングライフ』のDVDが届くんだぁ!やっぱり先に本編を見るべきだよなぁ。せっかくだからシアタールームのスクリーンで見たいよなぁ……なんて考えながら仕事から戻ってみると、宅配業者の不在票が。

すっかり明日って思い込んでいるし、差出人が(品物ではない)"チケット"ってなっていて「はて?なんだっけ?今日振り込んできたの以外は全てチケットは手元に来てるはず」と首をかしげることしばし。

ともかく再配達の手配をしてからネットに出てみれば、どうやらDVDが届いている方がいらっしゃるみたい。

そうか、DVDかぁ。

よっしゃ!夕方までに一仕事片付けて、日没後にはシアタールーム(暗幕が無いのさ)で鑑賞だ!!<とは言え、パートナーが付き合ってくれるかなぁ。

さて、ここからが『ドリームバスター4』の感想。

タイトルの通り、シリーズ物の第4巻目。

第1巻は読みきりになっていたので、本当にシリーズ物になると思っていなかったのは、同作者の杉村三郎氏が登場するシリーズと同じかも。4は完全に3の続きになっているのでここであらすじに触れてしまうと2冊纏めてのネタバレになってしまうのであらすじは省略。

またまた、やってしまった(汗)なんだけど、午前中の仕事を終えて、昼過ぎに帰宅した後に読み始めて、正味4時間は掛からないで読み終えてしまった。

この勢いで読めるのは、物語がunputdownableだからなんだけど、でも、ちょっと物足りなかったの正直なところ。けっこう重たいテーマを扱っているはずなのに短時間で読めてしまうと言うのはどうなのかな。

宮部みゆきの魅力は温かな人間の心の描写にあって、今回もそれはそうなんだけど、でもなんだかいつもに比べると食い足りない。主要な登場人物が多くて散漫になってるかな。

ただ、この先もこのシリーズは続いていくだろうから(おそらくは、主人公の少年と母親が本当に対峙するまでは続くだろう)、その時までに螺旋になって深く書き込まれていけば、作品全体の印象が変わるかもしれない。

もう1点気になったのは、今回は心の中の話に色々と割きすぎで、ファンタジー、もしくはSFとしての舞台装置が2次元的になってしまった。

もともと、SF作家というわけでもなく、ただ舞台設定が現世にあらずって作品を書いているだけだから仕方がないけど。でも、ちょっと今回は物足りなかった。

と言うことで、4巻単独ではう~~~ん、な感じだけど今後の展開に期待!ってとこです。

こう言う本なら、このスピードで読めるのになぁ、読まなきゃいけない本はどうしてなかなか読み進まないんだろう(汗)。

もっとも、こう言うスピードで読むと記憶に深く残らないから4を読みながら「あれ3ってどんな話で、どこで終わったんだっけ?」ってことになるんだけど。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 27, 2007

レプリークBis 1冊まるごと『エリザベート』

タイトルの通り、ウィーン版から始まって、宝塚、東宝、さらにはヨーロッパのあちことでの『エリザベート』情報が満載の1冊。

もちろん、芳雄くんのインタビュー記事が掲載されているのを目的に購入ですが(書店で軽く15分は悩みました。金欠なもので……3月は何かと出費が多かったし、4月は今年からお給料が入らないし……)、写真満載で豪華な1冊でした。

インタビュー記事以外でも、芳雄くんのルドルフの舞台写真もあちこちに。それもデビューの頃と05年の物と両方。お買い得!?って言うにはつらいけど(汗)。

それにしてもウィーンのルドルフであるルカス・ぺルマンが良い男です。ハンサムです。

う~~ん、見た目が綺麗でなおかつ楽器としての体格が良いルドルフ……ちょっと興味が湧いちゃうなぁ。

今朝は新聞にリーヴァイさんの記事もあったしなぁ。新宿コマのでのコンサートヴァージョン、気になりだしちゃった。

関係書籍の紹介の中に森川氏の本が無かったのは残念です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 11, 2007

『マダムの幻影』 藤本ひとみ

マリー・アントワネットつながりと作者の藤本ひとみつながりで読んだ1冊。

この1冊を最後に、このつながり読書は一時休止中。またそのうち再開するかも?

一連の読書のなかで、この作品はちょっと時間が違っていて、革命後の物語。

三人の主人公たちは、それぞれの立場で激しい革命の嵐に翻弄されて、その人生を狂わされた人たち。

あんな革命が無ければ自分は順風な人生だったのに、と思っている聖職者、弁護士の娘だった娼婦、そして王女。

娼婦の父親である弁護士はマリー・アントワネットの最後の裁判の弁護士を務め、その咎で(って、望んでついたわけでもないんだから咎もなにも、なんだけどそこが革命の恐ろしさ)流刑になった。ところが、流刑の地で彼は遺言としてマリー・アントワネットとの間で交わされたやり取りを書き記していた。

それを読むことによって3人がそれぞれの形で救いを見出す物語。

う~~~ん、これは私にはビミョウでした。

回想録の部分は面白く、マリーの言い分や弁護士とのやり取りは良かったんだけど、革命によって運命を翻弄された人々、特に主人公である聖職者に対してどうもこうも感情移入できないし、彼がやってきたことの描写が苦手。

革命前後の見た目にもそして精神的にもグロテスクな部分が強調された物語でした。

現実はこういう醜い部分があるってのはわかるんだけど、読書もエンタメなんで私の嗜好にはヒットしなかったです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『ウィーンの密使 --フランス革命秘話』 藤本ひとみ

読了したのは昨年のうちだったのですが、感想も書かずにはや3月(汗)。

これはフィクション色の強い、というか、まったくのフィクション。

一人の青年士官がウィーンから秘密の使命を帯びてフランス革命真っ只中の混乱したパリに向かい、そこで使命を全うしようと暗躍する冒険活劇ロマン!

勢いがあって面白く、さくさくと読めました。

この密使に仕立て上げられた青年というのが、非常にロマン溢れる?設定の人物。

オーストリアの皇帝とその家族と近いところにいられる大物の祖父に育てられ、若い頃は宮殿に出入りして、マリー・アントワネットとは幼馴染の関係らしいのに、現在は彼自身はそれほど高い身分にいるわけでもないらしい。

と言うのも、彼の出生がおそらくはその原因?父親はフランス人貴族で顔を見たことも無いのだ。

そして、この主人公の女性に対するある種の才能はどうやら明らかにこのフランス人の血がもたらしているらしいと……

さて、彼の受けた使命とはフランス革命の最中からマリー・アントワネットを救い出す!事ではなく、むしろ、彼女に革命の事実を受け入れさせ、革命を軟着陸させることでフランス王室を破滅から救うことだった。

ある青年の冒険物語として楽しく、ワクワク、ドキドキと読むことが出来ます。

もちろん、歴史の事実として彼の使命は果たされなかったわけですが、それでも彼の行動は非常に面白かったです。

そして、この物語で重要なのはこの青年の本心。自分すら最初は気づいていないのか、あえてそのことを無視していたのか、彼の視線で描かれるフェルセン伯は頼りなく、恋に溺れ、酔い、正確な判断を出来なくなっている困った存在として出てくるのですが、なぜ、彼はそこまでフェルセンに否定的なのだろうか?と、読み進むうちに『嫉妬』と言う言葉が浮かびあがってくる過程がまた、楽しかったです。

物語の最後はソフィア・コッポラの映画同様、結末を誰もが知っている話なのにそこでおしまいなの?

って部分で終わります。

でも、この終わり方って私はすごくロマンチックだなぁ、って思いました。どんなロマンチックなエンディングかは読んでみてのお楽しみ。作者がロマンティストなんだってことが良く判ります。

だけど、映画にしても小説にしてもこう言う一見すると尻切れトンボの終わり方が出来るのは、実は結末をみんなが知っているからこそなんだろうとも逆に思いもします。

だって、本当に結末が判らない話で尻切れトンボだったら、訳わからないじゃないですか。

つまり、マリーが望んでいたこととは真逆のこと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Feb 02, 2007

夏休みの読書はこれで決まり!

先ほどPCを立ち上げてメールをチェックしたら、アメリカのアマゾンさんからご案内メールが届いてました。

J.K. Rowling has just announced the date! "Harry Potter and the Deathly Hallows" will be released on July 21, 2007

やった、ついにハリーポッターの最終巻7巻の発売日が決まったようです。

プレオーダーの案内メールですが、日本のアマゾンさんからはいつ来るかな。

もちろん、プレオーダーしますとも!!

そういえば、このシリーズを読み始めた頃はまだアメリカのアマゾンさんと直接やり取りしていたんだなぁ、と、そっちでも時間の流れを感じてみたりして。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Dec 27, 2006

『王妃マリー・アントワネット 青春の光と影』 藤本ひとみ

ゴミ出しを忘れて読みふけっていた本の正体(汗)。

11,12月と観劇した「マリー・アントワネット」のおかげで、フランス革命物がちょっとしたマイブーム。

先は、革命を学問的?に扱った本を手に取ったのですが、やっぱりエンタメ要素のあるほうがいいと。

本当はツヴァイクの本を読もうと思っていたのですが、市の図書館で貸し出し中だったので、他になにか、と思っていたところに藤本ひとみ氏の本のタイトルが目に飛び込んできました。

藤本氏の作品は、以前『ブルボンの封印』を読んで結構楽しかったし、読みやすかったので良いかな?と。

『ブルボンの封印』は歴史活劇冒険ロマンと言った感じでフィクション色の方が強いのに対して(言ってみれば、もうひとつの『仮面の男』)、こちらはノンフィクションとフィクションの境目を行くような作品でした。

語られている部分は、ウィーンでの少女時代からフランスへ嫁ぎ、満たされない結婚生活を過ごし、そしてやがてフェルセンと出会い、愛することを知る、と言ったあたり。首飾り事件や革命そのものは語られないし、貧民などの姿も殆ど描かれないので、ちょうどミュージカル「マリー・アントワネット」では描かれていなかった部分にスポットが当たる感じです。

アントワネットは愛すべき性質の持ち主であると同時に、どうしようもない自己中心的で目の前のことにしか興味を持てない性質に関しては容赦なく描かれています。

画期的に面白かった(?)のはフェルセンとの恋。

これが実に、アントワネットの性質ゆえのある種の勝手な思い込みの片思いが、色々とあって『愛』へ変わっていくところ。

この本の中のフェルセンは、舞台の原作となった遠藤周作の物語とは逆にアントワネットに対しては『兄』『年長者』のような態度を見せます。アメリカの独立戦争へ(逃げるように)行った後に、アントワネットと文通をして彼女を少しでも良い王妃へと導こうと努力しています。そのあたりはちょっと舞台のフェルセンに似ています。

この本から受けたルイ16世とマリーアントワネットの二人の運命の印象は『番狂わせ』でした。誤算ではなく番狂わせ。

そもそもルイ16世となったルイ・オーギュストの王位継承順位は父、兄に続くもので、彼が王位につく可能性は低かったのだ。王としては適さなかった性格や、趣味の鍛冶仕事ももしかすると、王弟として危険な野心を抱いたりしないように、計画的にそう育てられた後天的な結果だったのかも、って疑ってみたりもして。

そして、そんな運命からすると舞台でのルイの「もしも鍛冶屋なら」ももっと心に染みてくるなぁと。

本当なら、王位についた父や兄の側でひっそりと鍛冶仕事を楽しみに王族の一人として人生を終えていたかもしれなかったのに、と。

そしてアントワネットも結果としては王太子妃として輿入れしたものの、計画の当初はフランスの王族の一人に嫁ぐのであって”王”へ嫁ぐのではなかったこと。さまざまな政治的背景で、結局はルイ・オーギュストが王太子になってから正式には婚姻の約束は決まったようですが、それでもルイ・オーギュスト同様にアントワネットへの”王妃”としての教育は間に合わなかった。二人とも「番狂わせ」の結果に玉座についたようなもの。

赤字夫人と言われているその赤字だって、累積赤字の部分もすでに多かったようだし、全ての責任をそこに持っていくのは気の毒でもある感じです。

同じ作者の本で『ウィーンの密使 フランス革命秘話』と言うのがあるので、次、というか現在はそれを読んでます。こっちはまたまたフィクションの色合いが強い歴史陰謀冒険ロマンになっているので、違った味わいで楽しめそうです。(って、読書に現を抜かしてる場合じゃないんだけどね、ホントは)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 28, 2006

『名もなき毒』 宮部みゆき

本の感想に入る前に、本日の日記的部分を。

殆ど”やっちゃったの、パート2&3”のようでした(汗)。

まずは、寝る前に目覚ましをセットするのを忘れて、しっかり予定より1時間近く寝坊。

ま、仕事に遅刻するとかは無かったのでセーフではありますが、おかげでお出かけ前にネット関係のチェックが出来なかったら、いやんなトラックバックの嵐にあってました。

で、帰宅後、PCを立ち上げていやんなトラックバックを処理して、この記事を書こうとしたら、ガーン!!スープをぶちまけしてしまいました。

幸いノートPC直撃ではなかったんですが、ちょっとかかりました。スカートにもかかったんで、太ももが火傷するかと思った<一応、少し冷やしたけど日焼けレベルで火傷になってる気はするので、お風呂に入ったらひりひりするかも(涙)。

ま、とりあえずこうしてPCは使えているので、たぶん大丈夫みたいです。

ここから本題。

『名もなき毒』の感想。

杉村三郎という、一見すると名前同様にごく普通の、でもちょっとお人よしの男性が、そのお人よしゆえに二つの事件に巻き込まれていく物語です。

そして、その事件にはいろんな種類の「毒」が関わっていました。

ほんのわずかな量であっという間に人間の命を奪う毒、長きに渡り人の体を蝕んでいく毒、人の心に潜み、心を殺してしまう毒……

そしてどんなに善良に清く暮らしていこうとも、毒はそんなこちらの事情にお構い無しに外縁からじわじわと滲んできて、綺麗な場所を汚染していく。あるいは、突然、毒は静かなところにも落とされうる、そんな怖さを感じる話でした。

善良に過ごしているはずなのに、不条理に思えるような突如の毒による汚染は個人的に思い当たるところがあって、いっそうページをめくる手を止められなくしていました。

物語の中心になる人たちはいかにも宮部ワールドな善良で暖かく、前向きな人たちで、物語の落としどころも若干の灰色の染みのようなものを残しながらも、穏やかで優しい終わり方で安心して読める1冊でした。

ところで、この主人公の杉村三郎氏は実は見かけよりは非凡な存在です。そのお人よし加減と事件を引き付けてしまうという点だけでなく、最大の非凡なところは、実は奥さんが国内有数の大富豪の娘であると言うことでしょう。

杉村氏は宮部みゆきの『誰か』と言う作品にも登場し、同じようにある事件に深く関わっていくことになるのですが、『誰か』の時にはあまりこの設定が重要には感じられず(たしかに、事件に関わらなくてはならないきっかけにはこの設定が必要なんですけど、でも、わざわざそこまで、な感じ)、物語自体もスゴク面白かった!ってほどでもなかったのですが『名もなき毒』ではこの設定が生きていると言うか、この設定が、このシリーズがこれからもっと続くことと、そしてその中で杉村氏の人生を変えるかもしれない予感を感じさせられました。

ただ、杉村氏とその妻の菜穂子は、そのバックグラウンドがどれほど違っていようと愛し合って、大切に思いあっていることは間違いないので、この先の二人の未来がこの本で予感させられるものとは違って欲しい、あるいは、最後に引用されている歌の歌詞のように「越えて」更なる幸せを見つけて欲しいのですが……

そして、そのお金と権力を誇る杉村氏の義父が愛娘の家族のピンチに関して”どんなに権力を持っていたって、それでこの不条理の悪意から守ってやるすべもないのでは、権力なんてなんの役にもたってないのと同じだ”のような感じの台詞を言うのですが、それはとても切なかったです。そして、それは同時に権力があったって、お金があったって、善良に暮らしてたって、周りの土壌が毒で脅かされている現代に聖域なんてない、いつどこで汚染されるかわからないし防げないという怖いメッセージだなとも。

と、現代の暗闇にも目を向けながら、人間を愛してるんだなぁ~って宮部ワールドな1冊でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 13, 2006

"テツ"の深遠なる世界……

「読めない本」で嘆いていたミステリー本、熱帯雨林さんのおかげで無事に上巻も手に入れて読むことが出来ました。

ミステリーと言っても、実際はコミックで「月館の殺人」(上下巻)原作・綾辻行人、漫画・佐々木倫子です。

読みたいと思ったきっかけは、漫画家佐々木倫子は未だやめられない漫画読み生活の中でも、お気に入りの作家さんだからです。最近は、私が手に取ったことのない雑誌に描かれているので、こうして単行本にならないと読めないし、今回のように1年も前に(上巻)単行本化されていても気がつかないでしまうこともあるのが困ったものです。もっとも、今回はミステリー作品だったので、上下巻両方を同時に読めた方が安らかな夜が迎えられて良かった(笑)かもですけど。

で、タイトルの"テツ"ですが、この「月館の殺人」の中の登場人物は90%が"テツ"つまり、鉄道ファン(マニア)です。

そういう趣味の人たちの存在はそれほど珍しいわけでもないようで、知人にこそカミングアウトしている筋金入りの"テツ"はいませんが(隠れ、とか、ちょっとテツはいても驚かない。むしろきっといるはずだと思ってます。)、普通に電車を利用しに駅に行ったときに、いろんなタイプの"テツ"さんにはよくお目にかかっています。

たとえば、廃線が決まっていた地元の私鉄に乗りに出かけたときにはカメラを提げた"テツ"さんたちにお目にかかったし、昨年だったかな、地元の駅の発車のベルの音が刷新された時には、なが~い竿に風防付のマイクをつけた人がホームに出没していたし、別な人だと思うけど、同じようなお道具をもって普通に電車に乗っていた人も見たことあるし(たぶん、車内放送を録音したいんだよね)、つい先日は、ターミナル駅で自分が乗ってきた車両の番号か何かをメモってる"テツ"さんとか……<私はその電車の折り返しに乗るために列に並んで待っていたんですが、良いお年の紳士が突然メモ帖を取り出して何かを必死に書き込む姿に、私の前にいたご婦人は、何事?と驚いていらっしゃいました。

と、まぁ、"テツ"さんは実は結構身近な存在なんじゃないかと思ってはいるのですが、と、おっと、本題はどこに行くんだか判らなくなりそうだ。

ともかく「月館……」は"テツ"連続殺人事件の物語なのですが、その物語中に出てくる「キング オブ テツ」なる存在の設定が破格に凄いんです。どうすごいかをここで書いてしまうと、大切なミステリーのネタがばれてしまうので書きませんが、ともかくスゴイ。破格なスゴイ設定と言う意味では、ヒロインがその真逆で鉄道に乗ったことが無い18歳の女子高生ってのもすごいですけど(汗)。

まぁ、ともかく、そういう部分では荒唐無稽ともいえる設定の下での連続殺人事件のミステリーで、面白いかと言えば面白いけど、ちょっとありえない舞台設定はどうなのかな、と。

ただ、そのここに書けないその事件の舞台と言うのが、鉄道に深い愛を感じていない普通の人の場合、文字だけであの舞台を想像するのは不可能だし、かといって実写ビジュアルでと言うのも難しそうで、漫画だからこそあの舞台のネタが明らかになった時の驚きがあるんだろうな、と思いました。

本としては個人的には大いにオススメ!とは言わないけど、佐々木倫子の漫画のテイストが好きならばそのテイストはそれなり楽しめると言ったところ(意味無く動物が出てきたり、ファッションセンスが面白かったり、人物のとぼけ具合とかね)。鉄道ミステリーとしてどうなのかと言う点は、私は鉄道ミステリーをちゃんと読んだことがないのでコメントできません。他の人の感想を参考にしてください、って処かな。

で、どの辺が"テツ"の深遠なる世界……になるかと言えば、この本を読了した後にHNKのBSで放送されている『熱中時間』という番組の「鉄分補給スペシャル」という"テツ"特別編の番組を見たんです。

『熱中時間』はいつも欠かさず見ています、って番組じゃないんだけど、時々チャンネルを合わせてしまうと、ついつい、引き込まれる番組です。世の中、色んな趣味の人がいて、その情熱にいつも感心しています。時々うらやましかったりとかね。

で「鉄分補給スペシャル」がどんな番組だったかと言うと、まず、会場には100人の"テツ"さんたちが集まっていました。中には、過去に放送された人たちもいました。で、100人の中から放送中は数人の"テツ"さんが紹介されたのです。

で、何が凄かったかと言うと、その紹介されたテツさんたちがそれぞれに、まるでまったく別の種類の趣味のようにヴァリエーションがあるんですよ。"鉄道"って物の中に、そんなに色んな要素が含まれているのかって。で、番組を見ているうちに思ったのが「もしかして、このスタジオにいる"テツ"さん100人、みんな違う種類の"テツ"さんなの?」ってこと。

で、全然違う種類の"テツ"さんだけど、やっぱり"テツ"さん同士なのでお互いの偉業を認め合って、感心し、感動してるんですよね。すごいです。

いやぁ、ホント、深遠なる世界でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 07, 2006

『王妃マリー・アントワネット』遠藤周作 読了

遠藤周作作の『王妃マリー・アントワネット』は11,12月に井上芳雄くんがフェルセン役で出るミュージカル『マリー・アントワネット』の原作です。

アントワネットの人生は、なにぶんそういう世代なので(笑)、ベルバラで学習済みではありますが、どんな部分が違うのかな?って言うのもあり、実際に読んでみる事にしました。

予想していたよりは読みやすく、同じ歴史資料を基にした部分もあるだろうけれど、切り口と視点の大きな違いが読書をより面白くしてくれて、実質は3日ぐらいで読み終わりました。でもって、読了直後に『ベルサイユの薔薇』も一気に読み直しました。<だから、そういう世代なのよ(笑)

内容の感想についてはひとまず保留しておいて(短くはまだ纏められない)、ミュージカル作品と関連しそうな感想をひとまず。

まずは、これはおそらく"原作"と言うよりは、"原案"程度に捕らえておいた方がいいのかな、ってこと。

東宝のホームページで紹介されているストーリーや登場人物の性格などは必ずしも小説とは一致していません。特にヒロインの一人、 マルグリットの設定はまったく別人といってもいいかも。むしろ、アニエスの設定の一部を引き込んでいるみたい。でも、そうしたい理由は理解できます、マルグリットは確かにアントワネットと反対側にいる重要なヒロインではあるけれど、とても"良い"ヒロインとは言えないもの。ドラマチックな生き方はしているてんではヒロインたる存在だけど。

フェルセンの設定にも小説では述べられていないことが書かれていますね。

ホームページの登場人物の描写だと、フェルセンに限らずですが、どっちかと言えばベルバラ寄りな感じがあります。ま、華やかさも必要ですから。

華やかさと言えば、 カリオストロもそうかな。小説の中では「小太りで背が低い」って事に
なってますが、演じる山口さんがその正反対の体格なのは言うまでもなくです。
ま、それを言ったら"歴史的に"小太りで精彩を欠くといわれているルイ16世の石川禅さんはどうするって事で(笑)。

と言う感じなので、原作から芳雄くんのフェルセンの活躍度合い(舞台上への登場頻度)を予測するのは大変難しいといった状況です。

が、せっかく読了したので記念に(!?)フェルセンの衣装の数と種類を勝手に予想してみることにしましょう。

まず、現在M.Aブログで見られるあのラベンダー色の衣装は宮廷での衣装ってことになりそうですね。

出会いの仮面舞踏会のシーンは原作ならば母国スウェーデンの軍服を着ていることになっていますが、このシーンでは写真の衣装を身につけている可能性大かな。

とは言え、その後のフェルセンの身分は近衛隊の士官になるので軍服姿も一度は有るんじゃないかと思っています。

さらに、王妃と王妃一家を革命の嵐の中から逃そうとする際に、当然あんな派手な服では活動できませんから、御者の服とかそういった地味目の衣装も1着あるかな。

と言ったところで3種類は衣装が有るんじゃないかと予測してます。

さて、フェルセンは北欧の人なので本来は金髪なんですが、が、カツラの形はともかくとして、色はこの間の写真程度のブラウン系のままであって欲しいと思ってます。

さあ、幕が開けたときにこの予想は当たるかどうか、楽しみが増えたかな(笑)。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

Jul 17, 2006

ゲド戦記

電車などでの移動時間などを使って、なんとか本編である1~5巻までは読了。この次の電車などでの移動時間用に6巻の外伝を買ってきたところ。

で、そろそろ本編だけでも感想モロモロを記録しておこう。ビミョウなネタバレはあり。

第1巻「影との戦い」

自己との戦いというテーマを本当に地道なストーリで綴っている作品。物語の中で語られる時間の長さに比べると物語の文章の量が少ないので(言ってみればハリポタ全7巻予定と同等の時間の流れをハリポタ1巻分に満たないページで語っている)、時間の経過が極端な表現をすれば「そして半年が過ぎた」とか1行に満たない文であっという間に過ぎていってしまうのに最初はちょっと面食らいました。魔法についてやいろんなことがミニマムな表現で語られていますし、時間経過は長いから、この作品をどう切り取ってアニメ映画にするの?って疑問を抱きながら読了。そして、どうやら登場人物が映画と異なることに気がついた。

第2巻「こわれた腕環」

おそらくはこの第2巻がシリーズ全体の肝、というか、第1巻は発芽であって本編はここからといってもいい物語。最後まで登場する人物やキーになる物がここで現れてきます。

最初しばらくゲドが登場せず異教の巫女の物語が語られていくのだが、正直なところゲドが出てくるまではワクワク感が少ない。でも、それこそがテナーの人生だったのかもしれない。ゲドの出現でテナーの人生が大きく変わるにしたがって物語りも動き出すのかも。

第3巻 「さいはての島へ」

第3巻を手にした頃に、ようやく映画のホームページを見て3巻が"ベース"になっていることが判った。が、3巻を読み進むとなおの事ホームページで紹介されている映画のあらすじ、登場人物と本の物語と登場人物がかみ合わない……ま、翻案って物になるのは判っていたけど。しかし、ロングセラーの児童書でおそらくは思い入れの強いファンも少なくない作品を原作とする場合、こう言う調理方法ってどうなんだろうか?私は前から気になった本では有ったが、読み始めたのは映画化を受けてだからにわか読者だけど、それでも正直なところ映画と本が同じものにはすでに思えなくなっているんだけど……

で、3巻ではゲドはすっかり大物。「大賢人」になっています。「影との戦い」の頃の若さゆえの傲慢と無知で世界を揺るがしそうになったあのゲドがねぇ、ってくらい落ち着きと威厳を見についていますが、しかし最前線に自分が行きたい、行ってしまうあたりが若き日の名残かな。

第1巻では数年の時間がわずかなページで語られていたのに比べて、3巻はじっくり書き込まれていますが話しそのものは難しさを増してきています。

第4巻 「帰還」

第3巻の続きになっています。というか、第3巻と同じ時間を別な場所で一部分は繰り返しているようです。

また、第2巻で登場したテナーが再び登場し、テナーの立場から2巻のあとの話が少し補完されています。

帰還とはゲドが帰還することですが、ゲドは第3巻での大きな戦いで力をすっかり失った、ただの老人になってしまいます。この力の喪失やその後のテナーとゲドの関係などはこの物語の情け容赦の無さや骨太さを感じさせます。スーザン・プライス「エルフギフト」はこれに通じるところがあると思いました。ゲドが無力になって「帰還」し、テハヌーという不思議な少女が登場し(映画にも出てきます)、物語はひとつの時代、ゲドの時代の終わりを迎えます。

第5巻 「アースシーの風」

第5巻は第4巻から随分と時間を空けての発表だったらしいです。実際、ゲド戦記というタイトルでシリーズとしている場合、第4巻でゲドの時代はすっかり終わっています。ですが、ゲドの時代をゲドがタネをまき、耕した時期とするなら、第5巻はその結果の新しい時代の到来です。

破壊~混沌~誕生といったところでしょうか。

巻が進むにしたがって、物語の内容のレベルが上がるのはハリポタもそうですが、これは作者は最初から読者は読み進みにしたがって年齢が上がると想定しているからなのか、登場人物が成長するにしたがって、物語のコンテンツも成長せざるをえないのかどちらなんだろう。

さてと、映画、どうしようかな……

| | Comments (2) | TrackBack (0)