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February 2009

古いおもちゃの反乱!?

元々使っていたMP3プレーヤーも予想以上の速さで修理を終えて戻ってきたので、今手元には2つあります。

で、古い方をジムと車の中で中心に使おうと、データをちょっと整理したり、などなどをしていたら、していたら……

ちょっとPCで欲張って裏作業なんてしていたら、していたら……

HDDが加熱しすぎて、PCがいきなり落ちたshock

温度を下げてやって、リセットして、でけっこう復旧に時間がかかって、さらに、つないでたMP3のデータにも被害がでたので、そちらもリセットかけて、どうもおかしなデータを削除して入れな直す作業をしていたら……

ムムム、こんなメッセージ今まででたかな?

なんか時間掛かってるなぁ?

って、データー全削除になってるって!!

がーん、

仕方が無いので、改めて入れなおしていますが2GBのデータの移動にはそれなり時間がかかりますweep

出かけたいのに~~~~~

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(-masculine)もしくは中性的な魅力……もしくはヘタレ疑惑!?

Youtubeを貼り付ける事が上手くいったので、これまで言葉だけでは上手く説明できない事も説明できるかも?

で、嗜好の話。

ここでの一番の話題、芳雄くんの魅力はもちろんあの声と声を使った表現力。

その中で、多分私の中で心地よくポイントが高い点はmasculine(男性性)素性がマイナス、ないということ。

早い話がマッチョじゃない。むしろ、ちょっと中性的なものを思わせるところ。

たとえば、芳雄くんの声は音域も高めだけど、さらにその表現力でもって『私は青空』などの女性が主人公のはずの唄を自然に聞かせてくれる。

以前は、自分がそういうものを選択して好んでいるとまでは思っていなくて、たまたま芳雄くんは何かが琴線に触れた、その何かをそれほど気にはしていなかったのだけど、最近、他の歌手の声を聞きつつ、なんとなく納得。

前回のエントリーに動画を入れたマキシム・ミロノフ君の場合は、それほど-masculineではないとは思うのですが、彼の前にもう一人、最近気になった歌い手さんの動画も見つけたので、ここに乗せてみる事にします。

ヘンデルの歌劇『アグリッピーナ』からオットーネを演じるカウンターテナーのティエリ・グレゴワール氏。

この人の声はものすごく好みです。

さて、この話、多分続きます。

あと2,3貼り付けたい画像もあるしね。

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新しいおもちゃと新しい遊び

先週末に研修に出かけるための電車での移動の最終に、愛用のMP3プレーヤーが明らかに不調である事が発覚しました。

その少し前から、どうも調子が悪いような、と、疑いながらもごまかしつつ、なんとか使ってたのですが、どうも硬もダメ。

ちょっと調べてみたら、保証期間延長で無料で直してもらえそうな情報がネット上で見つかりましたが、どうも先日のPCの修理以来、疑い深い(笑)。

実は、この現象は対象外だったらどうしよう?

とか、

また修理に2週間以上かかったらどうしよう

とか。

でもって、また水曜日には電車での移動だし、って言う事で、修理依頼と新品の購入を同時にしてしまいました。(たかだか往復3時間弱の無音が耐えられないというのは、もはや病気だとは判っているのですが……)

で、新しいのを購入する際に、ちょっと迷ったのですが動画を持ち運べるタイプにする事にしてみました。

もっとも、実際に動画を持ち運ぶには画面は小さすぎるし、制約は多すぎる(版権保護のかかっている物はDL出来ないし、アナログ画像はアナログの再生時間がコピーにかかる)のですが、音だけを聞く時の操作画面としてはかなり便利が良くなりました。

と、あくまでもこれはコンソール画面、って思っていればいいものの、やっぱり動画を取り込んでみたくなるのが当然。で、いろいろためしてyoutubeから画像を取り込むことに成功しました。

さて、ここまでは新しいおもちゃの話。

で、ここから新しい遊び、というか、これから試みてみようと思うこと。

これまで、Youtubeは通りすがり(?)に興味のある画像が存在していないかどうかを探したりはしたけど、たとえばここでその成果を疲労してみたりした事はありません。

今回、じっくりYoutubeを観察していてブログに貼るって、行為が興味を引きました。

で、さっそく実験してみようかと。

少し前のエントリーで紹介した、素敵なテナー歌手、 マキシム・ミロノフくんの動画発見!

さて、上手く貼れるかな。

やったぁ、上手く行きました。

ハンサムかつ素敵な声でしょ?

ってことで、後日続編もやってみよう(笑)

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『届かなかったラヴレター』2月18日マチネ@ル・テアトル銀座

井上芳雄様、

芳雄くん、あなたの声は私にとっては魔法の力を持っています。

あなたが自分はオーストリアの皇太子だと名乗れば、目の前のあなたがどんなに日本人的平面なお顔bombをしていようと、日本語を話していようと、私の目には孤独に悩む王子に見えてきます。

心を深く病んでいると言われれば、重い重いよどみの中でうずくまる青年に見えてきます。

GIだといわれれば、やっぱりそう見えてきます。あの子は蓮の花、愛しているといわれれば、その少女は蓮の花になり、あなたが一心に愛していると思えます。

そんなフィクションをノンフィクションにしてしまう力のある声で、ノンフィクションを語られたら、これはとんでもない事です。塀の中に入って、奥さんの死に目にも会えないようなろくでもない男でさえも、いとおしく切なくなってしまいます。ただ、自立を目指そうとするだけの青年の決意も涙を誘います。

どうしてくれますか、この事態を!

と『届かなかったラヴレター』といよりは『届ける気のないファンレター』形式ではじめさせていただきました(汗)。

上で書いているように、はい、泣いた、泣きましたよcrying

でもね、いきなり本心を言ってしまうならばちょっとずるい企画だよね、最初から泣けちゃうのはわかってるんだもの。どんなに拙い表現で書かれていようと、それが真実である限り、受けての心に強く訴えかけるのはわかっているんだもの。

できれば、書かれていない行間のドラマをプロとして生み出して、それを二人の素敵な唄歌いに表現させてあげて欲しかったかなぁ。

でも『届かなかった』理由って、色々あるものだなぁ、と改めて思いました。

もちろん、一番多いのは死別だけど、生き別れでも二度と会えないってケースもあるし、そして目の前にいても決して口には出さない、出せない思いもある。いろんな『届かない』が織り交ぜてあるところは、さすがです。

聞き手それぞれに琴線に触れるものがきっとあったと思うから。

たとえば、私にとっては小さな小さな恵ちゃんへのパパからの手紙は、どうしようもなく涙が溢れてきました。生まれた時から終わりが見えていた命。自分の友人も同じ体験をし、その話を聞いているので友人の顔も浮かんでくるし、これはもう……だめ。だけど、すごく大切な手紙で、より多くの人に触れて欲しいと本当に思う。

そして、もう一つ個人的に、実はこの舞台が始まる頃、私の大昔の上司が青空へ帰って行きました。私との関係は大昔なのですが、パートナーは先ごろまでお付き合いがあったので、彼がお通夜に行き、奥様の挨拶を少し話してくれていました。こんな言い方は不謹慎だけど、もしも、その奥様の姿を見てしまっていた、この舞台は本当に辛すぎたと思います。

というのは、見送った直後にはこういう手紙はやっぱり書けないと思う、こんなメッセージを綴れるようになるまで、その奥さんはこれからどれだけの孤独な夜を送っていくのだろうと思うと……これに現実の顔が浮かんでしまったら……

とまぁ、涙腺、琴線を強く刺激してくるものがあった一方で、バリエーションがあるがゆえにどうにもこうにも私は入り込めないものも存在したし。
不倫がとても嫌いなので、その気配を感じるのはNGだったし(敬愛の範疇だよな、って思えるのや、結婚前の浮気は別ね)、自分の今の幸せは幸せで抱え込んだ上で、青春の思い出を美化して振り返っていたのも、なんだか違うよなぁ、と私は感じてしまった。(手紙の表現そのものは、非常に文学的、芳雄くんの朗読は目の前にその景色を思い浮かべさせてくれたのだけれども、それでも、いや、それだからの違和感というかも。)

とはいえ、悲しい方も幸いにもまだ疑似体験や間接体験の域を出ていない私は、もう一方で冷静に視線でも手紙を受け止めているわけで(汗)。

やもめと未亡人の寿命(?)の違いって、よく聞くけど、手紙を聞いてとっても納得。
夫→妻へのは過去を振り返り、己を反省し、伝えられなかった愛と感謝を綴っているのに対して、妻→夫は過去の思い出を抱きながらも、その思い出とこの先どうやって自分が生きていこうとしているかの思いを綴っているのが多いと感じました。視線が過去に向かっている手紙と未来へと向かっている手紙、この差は大きいなぁと。これが寿命の長さに繋がってるのだろうなと。

全体的には、もうすこし"クスリ”っと笑いたくなってしまうような手紙も織り込まれていると、一層感情の振幅が深くなってよかったんじゃないかなぁと思ったのと(もっとも、この回は芳雄くんが盛大なる笑いをカーテンコール(?)で披露しちゃいましたけど、スケジュール誤解してて、翌日が大阪公演って、無理でしょいくらなんでもそれ(笑))、天使かなにかをイメージしたのかな、白っぽい色で統一された、ちょっと不思議なデザインの衣装(特に芳雄くんの薄手の超ワイドパンツは不思議)も良かったけど、いっそ、普段着だったらもっと手紙に血が通って身近に感じたかも。せっかく、クミコさんも芳雄くんも、いい意味で(?)普通の容姿なんだから。

そうそう、衣装といえば、比較的前の方からオペラグラス無しで見ながら「なんか今日の芳雄くんの髪型、いつもと違う?分け目が逆?いや、そんな事はないなぁ、でも、なんだろう、何か違う」って思っていたら、前髪がエクステだったんですね(ファンクラブの本人ブログより)。ああ、納得。

vol.1という事で、今後シリーズ化されるのかな。出演者を固定にしたらしたで、それもいいとは思うけど、いろんな人たちで続くと、味わいがまた変わっていいのだろうな(私は行かないけど)。

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プロ意識……

バレンタインを前倒しして、1泊二日で研修に出かけていました。

幸い、強風などに阻まれる事もなく、無事に参加。

この研修、3年前にも一度受講したものを、もう一度受講しています。

なかなか、同類の研修が世の中には無いので、リピーター率もけっこう高い研修でもあります。

で、前回の研修(2006年3月)時には目からうろこがぼろぼろ落ちて、さらには自分の力不足でぼろぼろでと、とても大変でした。

今回は、2度目の余裕からか、前回よりはついていけているとは思うのですが、しかし、一方でこの3年で自分は何も進歩していないのではないか?って方向性でボロボロ。何よりも、自分にはプロ意識が足りない。

この珍しい研修を受けに来る人たちの多くは、プロだけじゃなくて、セミプロ(?)な方とかもいるのですが、今回、目だったのは、プロ、有名無名に関わらず(業界での有名人も参加しているのがこの研修のもう一つの特徴)、ネットという媒体で自分から情報を発信している人が多いこと。

私も、こうしてブログやらなにやら活動をしているものの、実のところ、自分の専門については沈黙。

だいたい、ここで出席した研修の内容やタイトルを明かせない時点でダメダメ。

もちろん、その理由の大きな部分は自分の身元をこういうところであまりに明らかにはしたくない、ってのがあります。しかし、その身元がばれるのがいやな理由の中に、セキュリティーの問題だけじゃなく、もう一つ、自分の専門分野を明かせるほどの自信が無いことも大きいのです。

結局、それってプロ意識が低いってことなんだなぁ、と、改めて思い知らせれました。

一方で、アレだけの情熱とアグレッシブさが根本的に自分の中に存在していないのだから、仕方が無いだろうとも思ってる。

同業の人たちの中でも、私と同じタイプの人間もいるはずだけど、そういう人たちは表に出てこないから、当然判りにくい。もしかしたら、そっちがサイレントマジョリティなのかもしれないんだけどね。

さて、明日は私の少ない情熱がたっぷり注ぎ込まれている、観劇でございます(笑)。

今朝は強風が吹いたけど、明日は穏やかな朝でありますように。

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諸事情につき1日早いバレンタイン

諸事情につ1日早いバレンタイン
例年はスモークサーモンでハートのお寿司を作っていましたが今年は生ハムにしてみました。酢飯、アボカド、酢飯、生ハムの4層構造です。味はアボカドの勝利でしたが、生ハム寿司はありです。

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ミュージカルとオペラの違いってもしかして……キャスティング!?

昨年からの自宅でオペラ鑑賞会(?)、まだまだ続いております。

夕べはCSで録画しておいた『マホメット2世』を鑑賞。

一杯(いっぱい?)頂いた後だったので、実はところどころ記憶にありませんが、ともかく印象的だったのは、ヒロインでタイトルロールの相手役になる娘さんの父親<なんてややこしい説明だ(汗)。

あらすじを省いて(えっ!?)人間関係だけ紹介すると、タイトルロールのマホメッド2世と彼が恋に落ちる敵方の総督の娘、総督、総督の腹心の部下であり娘の婚約者、ってのがメインの人々。

どう考えたって、ストーリー上の年齢は総督>マホメッド2世>婚約者>娘だと思う、だと思うんだけどねぇ……

実際は総督が大きく周りを引き離して若かった(笑)。

総督を演じたテノールはマキシム・ミロノフって言う、新進の歌手らしい事がネット検索で判明。

ブロンドで、背も高く、適度な肉付きで声も好みで、とても素敵なテノールさんでしたが、実はその年齢が若い、1981年生まれ!って芳雄くんより若いじゃん(爆)。

そんな若手が恋の板ばさみで苦しむ娘のパパですよ!

でもって、娘と恋に落ちるマホメッド2世はタイトルロールなんで、ベテランのバス。

娘の婚約者役は、ズボン役。メゾソプラノが演じていたんだけど、これまた彼女がなんというか……どうみても女性、それも年齢がかなり上。部下って言うより、もう若いリーダーを支える年配の女性上司にしか見えません(涙)。

こういうことがあるから、ホント、オペラってあらすじと字幕が無ければ無理です。人間関係すらちゃんとつかめなくなります。

初めてDVDで見たアイーダはアイーダと恋に落ちる(若き)将軍ラダメスがパバロッティ!

いえ、パバロッティさんも若い頃ではあったのですが、それでもなにぶん体格がオペラ歌手仕様で、貫禄十分。ラダメスに片思いのアムネリスもたぶんに年齢はupwardrightめ。

ちょっといい加減に見ていた所為で、てっきりラダメスとアムネリスはすでに夫婦で、アイーダと不倫かと思い込んでいました(汗)。

その後、ソフィア・ローレンがアイーダを演じて、歌は吹き替えって映画版を見たら、誤解と判明!

ってなことも。

ミュージカルだと、兄弟ぐらいの間柄でなら年齢設定と役者さんの年齢がずれているってのはあるけど、親子関係であからさま逆転ってのはそう無いような<絶対無いよね、とは言えない。たとえばM・Aの初演。親子とは言わないけど、本来同じ年のはずの二人のM・Aとフェルセン……あまりにも年齢が違ってたもんねぇ。あれではフェルセンは年下のツバメだし、マルグリットは小娘。

でも、ともかく、オペラは見た目のバランスはプライオリティが低くて、音域と技術優先なキャスティングで、ミュージカルはそこまでは極端じゃなく、見た目のバランスと音域、技術のバランスを取ろうと努力していて、公演目的や集客によって両者のプライオリティは変わるって感じかな。

と、夕べは感じました。

ともあれマキシム・ミロノフは好みだったので、今後もなんかのオペラで遭遇できるといいな。

ちなみにこんなお兄さんです。

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きょうふのきょうふう(恐怖の強風)

今日も外はゴーゴーと風が吹きまくっています。

季節の変わり目のこの時期、仕方が無い事ですが、昨年のアレshockがよみがえります。

今年も、今月には芳雄くんの楽しみな舞台があるし(しかも、今回は公演数が少ないからオンリーワンチャンス!)、研修での上京も2回予定しています。

もちろん、強風で電車がNGの時はバスってことも学んだけど、到着時間が大幅にずれるので避けたい。

舞台を見に行く日には、その前に古い大切な友人とのランチをセッティングしてあるし、研修は開始時刻がけっこう早いのだ!

今から祈るしかないかな、これは。

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どれが一番ダメージが大きいか?

  1. すでに持っている本を、もう1冊買ってしまう
  2. 一度借りた事のあるDVD(ビデオ)をまた借りてしまう
  3. すでに読んだ本を図書館から借りてきてしまう

まぁ、コスト的なショックで言えば1>2>3だと思います。

でもって、1も2も前歴があります。

ついに3も今日やってしまったcoldsweats01

いや、危なく1と3の中間のような事になるところだったのだから、不幸中の幸いだったのか?

書店で探しても見つからなかった本が、今日、図書館で見かけたのでこれ幸いと借りてきて、開いてみたら、あれ?これ、もう読んでるよ……

読書記録、最近、ネット上の読書メーターを使ってはじめたから今後は無い事を祈りたいですが、ネットに残した記録は持ち歩けないので、1も3も(ついでに2)も今後もやらかすに違いない。

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pros and cons

今朝の朝日新聞の『耕論』は13年度から導入される、高校での英語による英語の授業の話。

国立音大順教授の中西先生、立教大教授の松本先生、そしてダニエル・カール氏の三名の意見が述べられています。

この英語による英語の授業の話が出たときから、色々と思っている事があります。

で、基本、この学習指導要領の改訂案には賛成しかねると思っています。

この記事の中西先生の意見はまさしく私が言いたかった事を非常に明瞭にまとめられていて、大賛成!です。

ダニエル・カール氏の意見も、外国語を日常的に操れるようになった人としての意見として納得のいくところもあります。ツールとして語学を身に着けるのにモチベーションとその言語にどっぷり浸る環境が重要なキーを果たした事も読み取れます。

残念ながら松本先生の意見にはちょっと……

学生が英語を実際に使う場を設ける事が目的、とあり、前提として「生徒が大量の英文を読んで、英語でプレゼンテーションをする」とあげていますが、現実問題として、今の高校生が”大量の英文”を読めるかどうかという点です。時間的にも、それから学力的にもそれが可能な生徒たちのいる学校は多くないでしょう。(中西先生はその辺りを心配しています。)

それと、学生同士の相互の英語のやり取りでのエラーの訂正が私は気になっています。

いちいち訂正する事は妨げになるだけで、効果は上がらないと一般に言われています。それはそうだと思うのです。互いの意思の疎通を図るために、徐々に正しい文法に近づくことで修正されて行くのが自然なプロセスで、身につきやすいのだとは思います。しかし、日本人同士の場合は日本語が根底にあってのエラーのため、相互には理解できてしまうため、自発的な修正が入りにくいと思います。

また、大学入試の英語の問題点が挙げられますが、たしかに、大学入試は高校までの学力を問うものですから、学んできたものと、試されるものの間に差があるのは望ましくありません。

しかし、高校までの英語が実用会話(ってなんだ?)重視に流れていく一方で、本来、大学で求められるべき学問、研究の場では、論文が読み書きできる英語の力の不足が大学での問題にもなっていると思います。

松本先生のご意見では、最後のまとめにおいてはコミュニケーションも文法も相互に関連しているとされていて、それは納得ではありますが……

多量のインプットと多量にアウトプットをする機会を!ってのは理解できるし、それこそが基本中の基本です。

その理想を現実とどうすり合わせていくのか、理想だけでも上手く行かないし……

さぁ、その辺りどうするんだろうな。

私も結論は有りませんが、考えてみるのはいいと思う。

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