« 最低最悪の一日…… | Main | レオナルド・ダ・ヴィンチ展@東京国立博物館 »

音楽劇『ペール・ギュント』@東京藝術大学奏楽堂 6月8日昼公演

楽しみにしていた『ペール・ギュント』、行ってきました。

藝大学内の奏楽堂は明るい内装が印象的なホールでした。居心地も音響もGood!

客層は、面白かったです(笑)。

明らかにクラシックファン(しかも有る意味コア?)の人たち、学生さん、そして、なんとなく見覚えのある芳雄くんのファンの皆様。ビミョウなミックス具合が拍手のタイミングにも見られて面白かったです。

いろんな意味でとても良い時間が過ごせて、期待を上回る収穫と言えたかも。

ナレーションの芳雄くんを約3ヶ月ぶりで生で見られるというのはもちろん最大のお楽しみポイントでしたが、今回の指揮者であり、台本、演出を担当された井上道義さんも期待通りというか、それ以上に素敵な作品に仕立て上げてくれていました。もちろん、オーケストラの演奏もソリストたちの歌もすばらしく、チケット代金2000円は申し訳ないって感じでした。<この価格設定はやっぱり税金を使っている大学だから?

途中の井上氏の発言によれば、オケ合わせの練習は3日間だったと言うのですが、それであれだけ合ってしまうのってすごいなぁ。

さてと、細かい感想はどこから書こうか。やっぱり芳雄くん関することからかな。

久しぶりの芳雄くんは髪がまた少し伸びてました。NY旅行中にほったらかしにしておいてそのまま(笑)?

ま、でも、民族衣裳風というか、北欧の村人を意識した衣装とのバランスとしては悪くなかったです。

ナレーターの役割は予想していた物語を淡々と話すだけかと思いきや、時として、歌手たちが演じる劇中に入り込み、時としてそれぞれの役の変わりに声色も多少使い分けながら台詞を話し、と、なかなかの活躍ぶり。

舞台での芳雄くんの姿は12月のMA以来となりましたが、MAのフェルセンが目一杯背伸びをして、肩に力が入りまくりだったのに比べて、物語の語り手をのびのびと気持ちよさそうに務めている感じでした。その、いい感じに肩の力の抜けた舞台での姿が新鮮に見えました。

歌わない芳雄くんに対して、どの程度の満足を得られるのだろうか?

また、一見すると彼とはかけ離れたはずの存在を演じる時の生じる"説得力"のようなものが私が芳雄くんに魅せられている部分なのではないか?その説得力はあの歌声が大きく担っているんじゃないか?って最近『ハミングライフ』を見たり、ウィーン版のエリザベートを見たりの間に思っていたんだけど、そうなると今回のナレーションってどうなの?って不安って言うと大げさだけど、ビミョウな感覚があったんだけど、それは杞憂ってものでしたね。

『ペール・ギュント』の荒唐無稽な世界を説得力をもって語ってくれていました。

うん、ますます朗読CDを出して欲しいものです。しかも、内容としては荒唐無稽というかファンタジーと言うか現実離れしていればますます良いです。

これも一応芳雄くん関連のこととして、これまでは一人で舞台を見に行くと、本当に一人ぼっちで、それはそれで堪能して浸って楽しめたけど、祐一郎さんのファンの友人と一緒に出かけると、必ずと言っていいほど、彼女の友人が居て、話しかけてきたりするのをうらやましくも感じてました。

今回は、ついに私にもそんな体験が!

温泉でお世話になった方、ネットでお世話になっている方に劇場で、そして劇場へ道すがらにお会いすることが出来て、ああ、芳雄くんファン友達が出来たんだなぁ、って実感できました。嬉しかった!!

おしゃべりできたのは短時間でしたが、お会いできた方々、本当に良かった!嬉しかったです。

さて、ここからはダラダラと長くなりそうな予感。

指揮者の井上氏。

だいぶ前にTVで指揮とトークをする姿をみて、印象に残っていました。

クラシックに詳しいわけじゃないし、オケや指揮者に選り好みがあるわけでもないのですが、井上氏の大きな体をさらに大きく動かして情熱的な指揮をする姿と、指揮台を降りての楽しい話しぶりは名前と姿を記憶するに十分なインパクトでした。で、今回の演奏会のことを知ったときも、W井上さんへ期待!していたわけです。そして、どちらにも期待以上の楽しさをいただきました。

井上さんの指揮はのっけからやってくれましたし。(指揮棒じゃなくてスコアを握っていきなり振り出すからどうなるかと思った(笑))途中のトーク(と言っていいのか?)でも楽しませてくれるし、スーツ姿ではなく、おしゃれなシャツ姿で、あの演出と台本で演奏してくれたので、こちらもリラックスして楽しむことができました。

音楽としての『ペール・ギュント』はあまりにも有名で、部分的にはほとんどの人が聞いたことがある、美しくもセンチメンタルな旋律ですが、物語の方は実際に触れるチャンスは多くないかと。私は、CDのリーフレットなどで概要は知っていたけれど、その主人公のあまりにスケールの大きな放蕩息子ぶりとありえない性格、などなどになんでこんな物語が創作されたんだろう?やっぱりこれはお説教くさい寓話なのか?でも、どんなお説教なんだろう?自分には理解不能、って思っていたのですが、井上氏のユーモアが織り込まれた台本(字幕もですよね?)、また制約もあって生まれたのかもしれないミニマムな演出が私にはちょうど良くそのペールの冒険がスケールダウンと言うと語弊があるけど、私の理解できる範囲に納めてくれました。(芳雄くんの説得力も有った?)

清らかで信心深い娘に好意を持ちつつも、別な村娘、しかも結婚式目前!に手を出し、捨て去り、森に入れば山に住む娘たちとやりたい放題、ついには魔王の娘にまで手をだし、そして、またそこからの逃走。

戻った人間界でもまた、すざましい山と谷の時間を過ごし、何度金持ちになり、何度その全てを失ったのか……

そんなとんでもない放蕩をしているペールを母親と信心深い娘だったソールヴェイは、なんと、愛し待ち続ける。(母親は途中で亡くなりますが。)しかも、その二人の女性の愛こそがペールを守る力だったって……

こうやって文字にしちゃったらホントありえないよ!って思っちゃうんだけど、今回、井上氏のユーモア溢れる台本や字幕でのお遊びでくすくすと笑いながら見ているうちに、なんだ、荒唐無稽、ありえないって思っていたけど、普段見ているハリウッド映画だって同じじゃない。それをちゃんと作り物として受け入れて楽しんでいるんだものペールの冒険物語を受け入れられないはずはないじゃない。そう思ったら、とても気持ちよく物語と音楽の作る世界に入ることが出来ました。

そして、ペールとは反対の意味でありえない存在ソールヴェイの慈悲と愛も、ソリスト元村亜美さんの歌う美しい"ソールヴェイの子守唄"がそんな疑念を振り払う説得力でしみこんで来ました。

ペールのような冒険と放蕩、自分には無関係な世界だって思ってたのですが、今回はちょっといろいろあって考えさせられました。

現実はスケールは全然小さいし、ソールヴェイのように絶対の愛で守ってもらえるわけじゃないけど、でも、私にも、誰にもペールの部分て有るんじゃないかな?

たとえば、「こんな仕事自分に向いていない、きっともっといい仕事があるんじゃないか」って思って、実際に転職を繰り返してしまったり、転職を繰り返さないまでも、どこかで突然必要とされる自分を想像してみたり。そういうレベルで考えたら、残念ながらペールのように大金持ちになるという成功もなければ、ありがたいことに全てを失うこともないけれど、でも、同じような漂流はしているのかも。

そして、最後に問われるのは「そしてお前は何者なのか?」

これが自分の本来じゃないって思い続けて、漂流してちゃ出せない答えだよね。

今の自分は本来の自分じゃないけど、じゃあ、どんな自分が本物なの?次に見つけた自分には満足できるの?でも「お前は何者なのか?」の問いに答えられる人って多くないよね、きっと。

そうそう、最初と最後の登場シーンでは芳雄くんはなにやら小道具を持っているんだけど、それが何なのかさっぱり最初は判らなかったけど、ひしゃくに見えるのは錫を溶かす小鍋で、キセルでも入っていそうな手つきの箱は道具入れだったのね(汗)。ナレーターはボタン職人(でも、ボタンが人なら彼は"神"だよね。もしくは台詞の内容から行くと、神の使い)だったのか。

ここまででも十分長いけど、さらにここからはちょっとコンサートそのものからは離れた個人的な(?)話。しかも長い(汗)。

今回のコンサートは藝大の創立120周年企画ということもあって、芳雄くん初め卒業生、教員、在学生などの関係者が出演者を占める中、要の指揮の井上氏は桐朋出身。台本でもトークでも、リーフレットでも学閥の存在を茶化すと言うか、メンションしているんですよね。

そうかぁ、やっぱりどこの世界にも学閥って存在するんだなぁって。っていうか、こう言う芸術の世界の方が顕著?師弟関係も強いからねぇ。

そして、次に感じたのがこのステージ上の人たちの殆どが税金で音楽を学んでいる人たちなんだよね、ってこと。(ホール自体が税金で作られた、と言ったのは芳雄くんらしいが)

少し前に、音楽ではないのですがある文系の分野で国立大学の博士課程を修了した人(女性)との話の中で、彼女は担当教授にしつこいまでに「途中で結婚しようが、子育てをしようがそれはいいけれど、必ず修了すること、社会に還元すること」と何度も何度も言われたそうです。なぜなら「君は税金を使って学んでいるのだから、それは社会に還元しなくてはならない。女性だからと言って、家庭に入ってそれをしまってしまうことは許されない」って。

私はそれを聞いて、うーーーん、ってうなっちゃいました。

そうかぁ、確かに国立大学って税金の補助が大きいよね。うん。趣味の勉強をそこでしちゃいけないんだ!

っていうか、理系とかなら社会に還元は民間企業の間口もあるからいいけど、その彼女のジャンルって社会に還元の間口がすっごく狭いんですよ。幸い、家庭と両立しながら還元できる場所を見つけられて幸運だったって話だったんだけど。

私は学部も修士も私立大学で過ごしてきたから、すごく驚く話でした。しかも修士に行く時は自分が学んだことを後に社会に還元するなんてこと考えていなかったもの。単に、自分の好奇心の赴くままだったから。

で、今回のコンサートでは税金で学んでる、学んだ人たちの社会還元の恩恵を頂いてきたんだなぁ、って、感想も個人的に浮かんでしまった。

パートナー氏いわく、芳雄くんはたっぷり還元してるね、だって(笑)。

確かに、私に対しての経済効果がすごいよね。でもって、私自身の社会への還元(平たく言えば仕事だ)のモチベーションにも役立ってるかも(笑)。仕事やめたら芳雄くんの舞台を見に行く予算がなくなる~~~って(苦笑)。

と言うことで、今週も頑張っていこう!先週の嫌なことはいつまでも引きずらないぞ!

|

« 最低最悪の一日…… | Main | レオナルド・ダ・ヴィンチ展@東京国立博物館 »

「観劇」カテゴリの記事

「音楽」カテゴリの記事

Comments

マリアさん、ども!

なるほど、確かに選択肢がない、というか知らないから待てるってのはそうかもしれないですね。
ソールヴェイの存在をそのまま現在に当てはめるのは無理がありそうですね。

他に色々な可能性があることを知らないのは、知っている方から見るとかわいそうに見えるけど、外野に惑わされず強く居られるって見方も出来るのね。

逆もまたあって、色々な選択肢がある自由ってのは、選択して得られた結果には自分で責任を持たなきゃならないし、選ばなかった先にあったかもしれないものも気になるし……

う~ん、深いですね。

Posted by: くま@管理人 | Jun 14, 2007 at 02:33 PM

再びこんばんは。

長いよ、ってのは冗談ですからね。
くまさんの文は、長くても密度が濃いからいつも感心してます。私のは、こころにうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくっているだけですからね。。。

なぜソールヴェイは待てたのか。
単純にそれ以外の選択肢がなかっただけじゃないかと思うのです。
かなりレベルは違えども、昨今の少子化の原因は、お金が…とかいう物質的なことより、女性が自由になったことだと思っています。子供なんか産まなくても、人生を埋める営みはいくらでも転がっているんですもの。産まない選択ができるんですもの。

イケイケ女子高生ソールヴェイに、例えば某ミュージカル俳優の追っかけ生活とか、海外旅行満載の有閑マダム生活とか、いろんな選択が可能だよって教えてやったら、あんなダメ男を待ちながらの糸紡ぎ人生なんて、ばかばかしくてやってらんねーよって、ぜったい選びませんよねえ・・・。

Posted by: マリア | Jun 13, 2007 at 09:01 PM

bebeさん>
そういえば、"県立"高校に通っていた時にある先生が「君たちは税金で学ばせてもらっているのだから、電車はバスでは座ってはいけない。納税してくれている社会人たちに席を譲りなさい」強く主張していたのを思い出しました。
確かに、私学も税金は投入されていますね。とは言え、自分でまかなう分は国立の比じゃないってのと、国立大学、特に旧帝大はその創立の起源が国を支える人材育成なんで、やっぱり還元については強く言われるのかな。

優雅なマダム生活……とまで言わなくても悠々自適にはなりたいけど、これもやっぱり夢ですかね。

マリアさん>
ホント、長すぎのエントリーで申し訳ない。
ついつい、つらつらと考えが止まらなくなってしまって(汗)。整理整頓が苦手なんだわ、思考も部屋も!?

私もソールヴェイにはなれませんね。母性もないもの。ペール以上に理解に苦しむ存在かもしれない。

でもって、芳雄くんと教養と基礎力の話。
たまたま親御さんの考えの及ぶ範囲で息子を彼の夢に少しでも近づける道筋が大学で音楽を学ぶことで、どうせなら、とレベルの高いところを目指したその結果が、今の彼をしっかり支えていますよね。
他にも世に出る方法はあったかもしれないけれど、アイドルとは言わないけど、そういう類のもっと短絡的な世への出方もあったかもしれないところを、しっかりとした教育を受けてのデビューで本当に良かった。せっかくの授かりもののあの声だもの、ちゃんとした形で世にだして、長く残して欲しいもの。

Posted by: くま@管理人 | Jun 12, 2007 at 01:32 AM

くまさん。。。長いよ、ホントに。。。。

という実直な(!)感想はさておき、
うん、2000円では申し訳ない舞台でした。
まず、芳雄くんがあんなに活躍するものとは思っていなかったし、与えられた役を、あんなにのびのびと楽しそうに演じている芳雄くん、久しぶりでした。
私はしっかりオペラグラス持って行きましたからね、芳雄くんだけ見てたら失礼なのでなるべくまんべんなく登場人物の表情を覗くように心がけていたのですが、あの薄暗い照明の中での、久しぶりの少年の顔。ゾクゾクしましたよ。
「現実離れした物語の朗読CD」に私も一票!です。
ソールヴェイの最後の表情、岩崎宏美の「マドンナたちのララバイ」が思い浮かびました。
なんというか、キリスト教世界って、他人事として考えれば憧れるんですけど、自分がソールヴェイの立場なら、絶対にペールみたいなのには惚れないし、ましてや待たないし、母ならともかく、赤の他人がなんであんな男を待ち続けて年取らなきゃなんないんでしょうかねえ。
あんな盲目的にはなれないわ~。息子だってやだな~。
あたし14歳よ、ってムリムリって突っ込んでしまった。

「大学」という教育施設での公演という意味で、今回特に感じたのは、「教養って大事だぁ」ってこと。
ノルウェー語ができなきゃ!とかっていう話ではなく、とにかくどんな道に進もうとも、基礎か出来ている人は違う、ということ。
引き合いに出して申し分けないのだけど、ウイーンの「ミツコ」での芳雄くん、そりゃあ大喝采だったんですよ。彼はドイツ語が話せるわけじゃない。でも、ドイツ語というものに学生時代に触れていたこと、海外生活を体験していたこと、それが「なんとかなる!」っていう自信の元になったんじゃないですかねえ。引き換え、私はあんなに華のない某女優さんを初めて見たのですが、英語もドイツ語もダメダメ、自覚しているからなおさら萎縮して歌もダメダメ、自分だけ会話についていけないからトークもダメダメ・・・。

息子よ、ちゃんと勉強しろ!
と、強く強く感じました。

芳雄くんにとっての藝大は、クラシックばかりの苦痛な日々だったかもしれないけど、「箔をつけるために入った」という目的はまっとうしてますよね。

で、夜公演は、モロ、芳雄ファンの大集団でした。ペールの「なんだ、お前なんかタダのナレーターのくせに」っていう絡みは、昼もあったそうだから多分台本に載ってるんだろうけど、あれは本音でしょうねえ。
指揮者さんのトークの冒頭「みなさんこんばんは。井上・・・芳雄ではない!」もかなりの部分本気だろうし。
これはもう、私たちのお行儀の域を超えて仕方のないことなのかしら?

あらら、私も長いわね(汗)。

Posted by: マリア | Jun 11, 2007 at 09:29 PM

個人的な考え方ですが、私立大学も私学助成金という税金が投入されています。現在、助成金なしで成り立つ私学はないと思います。
つまり、自分に投入された税金を社会に還元するとなると、小学校から大学までの年月分の税金を納めることだと考えていました。
実際には、それ以上働いていますが(爆)。
でもね、国民年金を40年納めるっていったい幾つまで働けばいいのよ。定年過ぎちゃうよっていうのが、現実です。
やっぱり、働かざるもの、遊ぶべからずなんでしょうか?優雅なマダム生活が夢なんですが、所詮夢に終わりそうです。
定年後の計画って考えていますが、身体に無理が利かなくなってきているのも事実です。

Posted by: bebe | Jun 11, 2007 at 09:03 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/154031/15392085

Listed below are links to weblogs that reference 音楽劇『ペール・ギュント』@東京藝術大学奏楽堂 6月8日昼公演:

« 最低最悪の一日…… | Main | レオナルド・ダ・ヴィンチ展@東京国立博物館 »